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 紹介されました。

福島民報「民報サロン」に掲載された文章を許可を頂いて再掲しています。
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2007.11.04   「奥会津のカフェ」
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 奥会津・三島町に移り住んで、6回目の秋を迎えました。

 日々色鮮やかに装う山々と只見川の深い霧に見とれて、ため息をつく毎日です。この秋の美しさはもちろん好きです。そして、これからやってくる冬は、厳しさがあるからこそ美しさもいっそう格別です。今年はカマキリの卵の位置が高いようなので、「雪が深いのかな」と、迎える冬にもいろいろな思いをはせながら過ごしています。
まもなく、奥会津の山々が眠るように、私のお店「空色カフェ」は3回目の冬季休業に入ります。

 お菓子の製造工房と喫茶スペースをかねた「空色カフェ」は、三島町の美坂高原の中ほどにあります。国道から、くねくねした次第に細くなる道を5kmほど登った山の中です。美坂高原自体は町の施設ですし、お店の看板をところどころに立ててご案内していますが、はじめてのお客様の中にはあまりの山深さに心細くなる方もいらっしゃるようです。「ほんとうに、この先にカフェがあるのかしら・・・」と。

 冬、この山道の先には人家がなく、急な登り道でもあり雪崩の危険もあるので、除雪はされません。つまり空色カフェはすっぽり雪に包まれることになります。訪れるのは、山の動物たちだけです。(春、再開店の準備にカンジキを履いてお店に来ると、彼らのいろいろな足跡が残っています。)そんな訳で、すっかり雪が解ける春の大型連休まで冬季休業になるのです。

 山の中にあるこのカフェには、電気も電話もきていません。景観の都合上、電線で電気を引いてありませんので、最小限の電気は発電機でまかなっています。厨房は電灯をつけていますが、店内は自然光とランタン、ろうそくの灯りにたよっています。もちろんクーラーはありませんが、高原を通り抜ける風で夏はすごせます。発電機は、勝手に24時間電気を供給してくれませんので、冷蔵庫も常時使えるわけではなく、作りたい・作れるメニューは限られています。「ああ、いつかアイスクリームがたっぷり乗ったパフェを作りたい。」と思ってはいますが、夢のまた夢です。

 こんな風に、電気がないところ=設備が整っていないところで、お菓子を作りカフェをすることについて、たいへん驚かれることがよくあります。

 もうこの頃は、だいぶ慣れたものですが、もちろん素材の管理や作業の仕方はかなり工夫が必要です。
冷涼な高原ですので、常温保存が効くものは、よい状態で保存しやすいのですが、それでもお盆の頃は、バターがすっかり溶けてしまって、どうにもこうにも形にならないことがあります。ちょうどいい時期はほんの一時です。素材も作業をする私も冷えすぎて、効率悪くなってしまうこともあります。

 それでも、ここでお菓子を作り続けていたい訳は、ただ、とにかく空気が美味しくて、山々に守られ、樹々のささやきや小鳥のさえずりの中で、穏やかにお菓子を作ることができるから。奥会津の自然に包まれてお菓子を作りたいから。

 こんな環境の中で仕事をしているので、保存食作りはだいぶ上達してきました。旬の恵みをぎゅっと閉じ込めて、長く楽しむため、漬物やピクルス、ジャムは時間を見つけてはどんどん作ります。失敗もかなりしますが、とびきりおいしくできたときはもう嬉しくて、さてどうやって誰に食べてもらおうかと想像してはまた嬉しくなります。

 今は、ちょうどおいしいりんごの季節です。ケーキやクッキーに練り込むジャムをどんどん炊いています。これからしばらくは、おいしいかんきつ類をマーマレードにする日々が待っています。

 冬は、お菓子の一番おいしい季節。この冬からは、ふもとに近い場所でお菓子を作り続けることにしました。冬囲いに加えて、新しい厨房の準備もあって少し忙しい冬がやってきそうです。

 さあ、山の動物たちが冬の支度に駆けずり回っているように、私も安心して冬を迎えられるようにどんどん準備をしなくては・・・。

「福島民報 2007年11月4日付掲載」

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2007.11.25   「会津のおいしさにはまっています」
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 「会津のお米やお野菜がおいしい理由を知っている?それはね、冬にゆっくり休むからなんだよ。」
冬には、会津の田畑は雪にすっぽりと覆われてお休みします。そうして地力が回復するのだそうです。雪がきちんと降った年は、山々が水を十分に蓄え、田畑も潤います。山の恵みも、豊かにもたらされるます。寒さのおかげで害虫も越冬できずに少なくてすむようです。

 これは、まだ私がこちらに移り住む前に聞いたお話です。

 奥会津での暮らしをするにあたって、「郷に入っては郷に従え」と、なるべく旬のものはその時期に、その土地のものを中心にその土地の食べ方で食べたいと思っていました。運がいいことに、移り住んで間もなく知り合いになった方々から、お米やお野菜を譲ってもらえることになりました。

 我が家では、とにかくお米を食べます。そのお米は、あちこちでおいしいと好評で、有機栽培または減農薬栽培のものを、三島町と喜多方市熱塩加納のお米農家から直接譲ってもらっています。

 実際に口にして、香りがよいこと、味も大変よいことに驚きました。安心して食べられることも何より嬉しいことです。最初の頃は、玄米を30kgまとめて精米してもらい、ガスで炊いていました。精米後すぐは、確かにおいしいのですが、日が経つにつれて、においや虫が気になり始めました。

 折角、おいしいお米なのに味が落ちてはもったいないと、お米を保存するのに茶箱を用意し、さらに少し奮発して、精米機を購入しました。毎日搗き立てのお米を炊くことが出来て、いつでも満足できる味になりました。それから、鍋やフライパンで炊いていたご飯も、土鍋で炊くようにしました。保温性もあり、お米がふっくら炊けるようになりました。おかげで最近は、「(有名産地など)お米にこだわっています。」とうたっているお店に行っても、「我が家のご飯がいちばん」とにんまりして帰ってきます。

 また、地物のおいしい野菜もたっぷり食べています。野菜ぐらいは、自分たちで作れるかなと2、3年土をいじってみましたが、素人の片手間では、なんとか口に入れられるもので精一杯。今は、自分では育てやすいハーブ類だけ栽培することにして、町内で有機農法で野菜を作っている方に、週1回旬の野菜を分けていただいています。そのお野菜がおいしいのなんのって・・・格別です。消毒せず農薬を使わずに手間ひまかけて、愛情いっぱい育てているのが伝わってきます。

 そんなおいしいお野菜は、シンプルにいただくのが一番。ホウロウの重い鍋に大きく切って入れて、少量の水と塩、コショウして火にかければ、いつのまにか、おいしい一皿が完成します。お野菜ってこんなに味があって甘いんだ!

 これから本格的な冬を迎えると、野菜は保存のきく白い野菜(大根、白菜、蕪、里芋など)がおいしい時期になり、食卓も白いものばっかりになります。スーパーでお野菜を買って食べていた頃は、それなりに栄養のバランスを考えて、彩りよく、安いものを選んでいました。それが一番いい方法だと思っていましたが、旬に一番おいしい野菜を覚えたら、もう後戻りできません。

 その土地それぞれのおいしいものはありますが、今は、会津の自然環境に育まれたおいしいものにはまっています。

「福島民報 2007年11月25日付掲載」

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2007.12.16   「贈り物の季節」
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 師走になって、もう年末年始のご挨拶の頃。まもなくクリスマス、大切な人への贈り物の季節です。「贈り物」をすることが好きな私は、それを用意するのも、「贈り物」をいただくのも楽しいひとときです。そして、私が大切な人―家族からもらった一番の贈り物は、「手づくりの喜び」です。

 私の秘密の箱を開けると、そこにはかけがえのない思い出がつまった素敵な贈り物がいっぱいです。
母につくってもらった人形の洋服。とにかく丁寧なつくりで、きれいで・・・友達の誰の人形よりも素敵な服をつくってもらえるのが、自慢でした。

 私の服も小物もいろいろと作ってもらいました。父の背広を解いて縫ってくれたジャンパースカートは、昔着ていた頃の写真を見るたび微笑んでしまいます。

 足踏みミシンを動かす母の姿を見るのが好きでした。ほんのちょっとのずれも狂いもなく、糸と布がつなぎ合わさっていきます。刺繍やレース編み、粘土の飾りでも、母の手から魔法のように生まれていくのをずっと見ていました。

 また、父から誕生日にもらった「折り鶴のネックレス」も大切なひとつです。

 父は折り紙は鶴しか折れないのですが、毎晩少しずつ色とりどりの鶴を折ってくれるのを、わくわくして見ていました。小さなひとつひとつが、形になって世界にたったひとつのネックレスになっていく・・・普通の折り紙が、どんな宝物よりも素敵にみえました。

 それから、父はドールハウス用の家具を、毎晩少しずつ作ってくれていました。私にはとうていできない細やかな作業で、小さなパーツが組み立てられていきました。そして、小さな夢の部屋ができました。

 こんな両親をまねて、私もいろいろつくりました。手芸も工作も。何かが欲しいなと思うと、まず「買う」のではなく、「つくる」ことを想像します。ちょっとカッコイイ流行の服も、布を買ってきてつくっていた頃がありました。決して想像どおりにはできなくて、結局私のスタイルになってしまうのですが。

 そんな風にあんまりにも「つくる」ことが好きだったせいか、中学生だったあるクリスマス、枕元にはミシンが置いてありました。どんなサンタクロースが、こんな重くて不思議なプレゼントを持ってきてくれたのか分かりませんが、私の嫁入り道具にもなって、修理をしつつ今も、元気に動いています。

 おかげでいつしか、「大草原の小さな家」の本が愛読書になって、ローラの父さんと母さんように自分で家を建て、自分たちの身の回りのものも自分たちの手で生み出すことに憧れるようになりました。

 自分たちで家を建てるのは、かなり難しそうですが、秋にはじまった自宅のリフォームは、素人ながら自分たちの手で行いました。少し広い台所を二つに仕切って、お菓子工房をつくりました。ああしたいこうしたいと、壁を塗ったり床に炭を敷いたり、自分の夢を自分でつくっていく過程は、楽しいものでした。まったく完璧じゃない出来上がりも、ちょっと笑って済ませられます。よく言えばオーダーメイドだから、私には使いやすい厨房です。今年の冬は、これが私への最高の贈り物。ここで、私は誰かの笑顔を想像しながらクリスマスケーキをひとつひとつ焼いています。焼いていきます。

「福島民報 2007年12月16日付掲載」

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2008.1.9   「雪国の冬を勉強中」
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 どこまでも真っ白で、こんなにふわふわで、結晶まで見ることができる雪。この奥会津の冬は、ほんとうに美しい。木々にかかる雪、澄んでぱりっとした冷たい空気もいい。奥会津のどの季節も好きですが、すべてが雪に覆われるこの冬はなお好きです。

 生まれ育ったところは冬も温暖で、寒いのはとにかく苦手でした。雪は降っても湿った「あたたかい雪」しか、降りませんでした。ところが、学生時代は雪国で過ごすことになりました。雪道を歩くのも苦手。朝晩凍結してつるつるになった道で、毎日数回ずつ転んで足はアザだらけでした。ところが夜、街灯の明かりの下で、コートにふわりと落ちた雪のなかに、雪の結晶を見つけました。それまで、雪の結晶は本でみることしかない憧れの存在でしたので嬉しくて嬉しくて、凍える寒空の下、いつまでも舞い落ちる雪を眺めていました。そして冬が、雪が好きになりました。

 その後スキーも覚えて雪の楽しみも知り、風を受けてより肌を刺すような寒さも平気になりました。

 そしてこの地に住んで一年目の冬は、引越し直後の十月下旬に雪が降りました。その後本格的な冬になると、町中の家々が密集しているところに住んでいましたので、屋根の雪下ろしが必要でした。恐る恐る、へっぴり腰で屋根に上がった頼りない私たちを見て、近所の人がさっと屋根に上がり実演してくれました。一番厳しい寒の節には、水道から出てくる水が、目の前で氷の柱になっていくのを見ました。寒さを実感しました。

 この冬は古い民家に移ってはじめての冬です。大雪で大晦日そして新年を迎えました。数日前までの陽気はどこへやら、玄関の雪をかき分けて外に出ると見渡す限り白い世界。一晩で五十センチも積もったかしら。息をつく間もなく防水の上下を身に着け、雪かたしを始めました。大きな屋根から落ちた雪で、家の回りは、雪山ができていました。スノーダンプと除雪用のスコップをかわるがわる使って、道をつくります。雪をどかして雪だるまのようになった車を動かせるようになるまで、小一時間かかりました。すっかり大汗です。それから、安心してお正月を迎えるために、商店のある町中へ最後の買出しに出かけ、灯油とお正月料理の材料を買い足しました。今年最後のお菓子の配達も済ませました。

 雪は降り続け、またたく間に積もっていきました。案の定、新年明けてみるとさらに積もった雪は1メートルを超え、ゆっくりとお正月料理をつつく間もなく、朝昼晩と雪かたし。2日には、わたしの住む地区では積雪による倒木により断線、停電しました。食料は、まず大丈夫。わが家には薪ストーブはありませんが、ガス、灯油、炭はありますから、なんとか暖はとれるでしょうし、ご飯も炊けますし、料理も大丈夫。ろうそくもいっぱいあるし。発電機もあるもの、なんとかなるでしょう・・・と備えていましたが、のんびり屋の私でも復旧するお昼までちょっと心細く過ごしました。

 これからもっと雪は降るでしょうし、冬は厳しいかもしれません。まだまだ、当分は雪国の冬の勉強中です。

 この町に住んで以来、まわりの大先輩方に助けてもらいながら雪国の冬をすごしています。昔からの知恵を借り、力を借り、ほんとうにありがたいと日々感謝でいっぱいです。

「福島民報 2008年1月9日付掲載」

2008.1.28   「冬仕事」
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 日中でも家の外は氷点下の日が続きます。そこらじゅう、見渡すことができるもののほとんどが真っ白です。こんなに寒いのに、窓の外では小鳥がさえずっていて、いったいどこで寒さと飢えをしのいでいるのでしょう。

 私は、雪のある時期はほとんど家ですごします。冬道の運転は怖いので遠出もしません。まるで山の動物のように、食料確保などの最低必須の外出以外は、あたたかいわが家で冬ごもりをしています。

 冬ごもりといっても冬眠しているわけではなく、冬仕事がいっぱいです。夏場は山の上のカフェ仕事に専念しますので、家を多く空けています。その間後回しにしていたことを、冬にまとめてこなします。また、冬にしかできないことが多くあります。

 もちろん雪が積もれば、家のまわりの雪かたしもします。観たかった映画のDVDを見たり、音楽をゆっくり聴いたりできるひとときもあります。敏感肌の自分のための石けん作りや、野菜や果物をたっぷり使ったウスターソース作り、それから箱単位で炊くみかん類のマーマレード作りなどは、時間がまとまってないと出来ません。お菓子の試作にじっくり取り組めるのもこの時期だけです。

 そして一番の楽しみは、冬の手仕事「編み組細工」です。畑仕事が終わったこの季節、昔からこの地域の人々は山から頂いた山葡萄の皮やマタタビの蔓、ヒロロやモワダの繊維などの素材を編み上げて、生活の中の道具【民具】をつくってきました。山葡萄の籠は、壊れても補修がきいて、百年以上も使える大変丈夫な籠になります。使うほど色ツヤが出て美しくなります。マタタビの米とぎ笊は、お米をしゃらしゃら小気味よく研ぐことができて、お米がよろこんでいます。水きれもよく毎日の生活で重宝しています。ヒロロのバッグは、編み込まれた模様が美しいだけではなく、使い始めの頃はその草の色と香りも楽しめます。

 編み組初心者の私は、町の生活工芸館で行われる「冬のものづくり教室」で素材の下ごしらえから編み方、仕上げ方を繰り返し習います。天然の素材を扱うのは大変難しく、見よう見まねでとにかく数をこなす事が一番の上達法のようです。何より素材を見てそれにあわせた下ごしらえが肝心。ここを怠ると、どんなに丁寧に編んでもいいものはできません。

 山葡萄の第1作目の手提げ籠は無我夢中で作り上げました。乾かして保存してあった皮はとても硬く、水でうるかしながら、ひと目ひと目きつく締め編んでいきます。気づくと指先が割れて、血がにじんでいました。編み方を間違えてはほどき、不恰好になってはほどき、何度もやり直してようやくできました。

 ヒロロの抱えバッグは、数年がかりで形になりました。3年目までは、縦糸となるヒロロの縄綯いの練習。先輩方のような強く引いても切れない丈夫で太さの揃った縄はそうはできません。さらにひと目ずつ、モワダを縒って目を揃え、模様をつけるのは気の遠くなる作業です。なんとか出来上がったバッグは、表面が波打ってまるでキクラゲのよう。愛嬌で使っています。

 それぞれ2作目3作目となり、今は、自分で採取した素材を使って編んでいます。ようやく素材の見方も分かってきたところです。目指すは、丈夫で長持ち、使い心地がよくって愛着のでるものづくり。お菓子作りにも通じる冬仕事です。

「福島民報 2008年1月28日付掲載」

2008.2.19   「一歩ずつ春が近づいてきます」
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 日は次第に長くなり立春も過ぎ、もう春が近づいてきたのかと思っていましたが、再びどっかりと雪が降り積もっています。古い民家の大きなトタン葺きの屋根は、あっという間に雪をあつめ、軒下には大きな雪山ができます。ふわふわの雪をかき分け軒下の雪山かたし。それをどかさないと、屋根の上の雪と山がつながってそれらの重みで屋根が壊れてしまいます。わが家の裏は、雪を捨てる場所がないので、屋根の下の雪をひたすら遠くに投げることになります。除雪機を使えば比較的楽ですが、その機械を入れるためにはきちんと安定した平面が必要で、その平面をつくるまでは、やはり人の力で、雪を固めていく大掛かりな作業です。

 ほんの二十数年前までこの家はカヤ葺きだったとのこと。そのころは、ひと冬に何度も雪下ろしをしたでしょうし、下した雪をかたすのも、機械ではなくすべて人力だったでしょう。そんな想像をすると、私がしている雪かたしは、まだ苦労のうちに入らないでしょうね。

 そんな中、遠く長崎に住むおばあちゃんから大きな包みが届きました。中には、ちゃんぽんの麺、豚肉、もやしに、すぼ、いく種類もの天ぷらがたっぷり詰まっていました。すぼは、九州の方言で「藁」をさすそうで、藁=ストロー状の細い筒で練り物を包んで蒸したカマボコです。天ぷらは、練り物を揚げたもの・・・普通私たちがいう「さつま揚げ」の仲間をさします。これらは、全部、「ちゃんぽん」の大事な構成要素です。その他、キャベツやにんじん、きくらげなどを入れ、ウスターソースをかけるのが一般的な食べ方ですが、「ちゃんぽん=混ぜる」の解釈で、家にある野菜を適当に炒めて混ぜ、おいしくいただくのがわが家流です。ということで、今回もたっぷりの白菜に自家製ウスターソースを入れ、鍋焼きちゃんぽんを作り、体の芯からあたたまりました。

 よく、「こんな雪が多くて不便なところに来たもんだね。」と言われます。でも、今はインターネットが普及し、その仕組みを利用したIP電話のおかげで、遠くに住む家族とも電話代を気にせずお話しすることできます。こうやって、離れたところのおいしいものを宅配してもらい、家にいながらにして味わえるのも、とてもありがたい仕組みです。

 三島町の暮らしが気に入っていても、海の近くで生まれ育った私は、時々海や魚が恋しくなります。ちょうどそんな頃、父は自分が釣った魚や買ってきた活きのいい青魚を料理して送ってくれます。

 毎日の暮らしに必要なものも、そう困らず手に入ります。お菓子づくりの材料は近所ではなかなか手に入りませんが、あちこち探しに出向かなくても、ほとんど通信販売で迅速に届きます。

 ただ、新たに本を読みたいときは本屋や図書館があったらなとか、観たい映画をなかなか観られないときはもの足りなく感じることもありますが、なんとかなっていて、そんなに不便は感じません。

 それでも、今私に体力があって自由に動けて、心身ともに元気であるから言えること。これから数十年先、大好きなこの町でもっともっと楽しく幸せに暮らしていくために、いろんなことを考えて、試していこうと思っています。

 さて、そろそろカフェの再オープンの準備がはじまります。去年よりもずっと素敵になりますように、笑顔があふれますように、温めてきた企画が花開きますように。

「福島民報 2008年2月19日付掲載」

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